普段何気ない会話や、ちょっとしたメールの文面で「この人は教養がないな」と感じることがあります。
もちろん自分自身そんなに豊かな教養を持っているわけではないのですが、どうしても気になってしまうことがあります。
そういう人にはどんな特徴があるのでしょうか。
- 何かを調べる癖がない
- 知的好奇心がない
- 知らないことを恥だと思わない
- 自分が賢いと思っている
- 教養なんて、役立たないと思っている
- 今更教養をつけたくないと思っている
- 教養以外の分野で勝負したいと思っている
- 教養がある人をダサいと思っている
- あまり幼少期に幼児教育されてこなかった
- 周りにいる知人もあまり教養がない
- ネット情報など浅い知識で満足してしまう
- 複雑なことが嫌い
- 知識や教養より自分の直感を信じている
- まとめ
1. 何かを調べる癖がない
教養というものは、何かに疑問をもって自発的に調べることで身につくものです。
しかし教養がない人は調べる癖がなく疑問点を放置してしまいます。
そのため年齢を重ねても教養がないままなのです。
2. 知的好奇心がない
これは1.と関連しますが、教養がない人は知的好奇心があまりないので、そもそも何かに疑問を持ったり興味を持つことがあまりないのです。
ついつい「どうでもいい」「そんなことを知って何の意味があるのだ」と思ってしまうのです。
そのため教養を身に着けるきっかけを失っているのです。
3. 知らないことを恥だと思わない
教養が試される、というと大げさですが日常の会話の中で教養がなかったらついていけない話があります。
また教養がないことでトンチンカンな返事をしてしまって笑われることもあります。
普通はそうしたシチュエーションに遭遇すると恥ずかしいと感じ、教養をもっとつけようと考えるものです。
しかし教養がない人はあまり恥ずかしいと思いません。
そのため教養がないままなのです。
4. 自分が賢いと思っている
やはり誰でも、自分に足りないところがある、まだまだ勉強不足だと思えばこそ勉強して教養をつけていくのです。
しかし教養がない人はなんとなく自分が賢いと思ってしまっています。
その根拠は漠然としたものなのですが、自分が賢いと思ってしまうので教養を貪欲に身に着けようと思わないのです。
5. 教養なんて、役立たないと思っている
教養がない人は、そもそも教養なんて生きていく上で役に立たないと思っています。
たしかに教養の中には、細かい歴史上の出来事や、物理、化学の事項など日常生活を送る上ですぐには役に立たないものもあります。
しかし、これまで役に立たないと思われていた事柄が素晴らしい発明につながったりしたこともあります。
簡単に「役に立たない」と捨ててしまう姿勢はよくないと思います。
ですが教養がない人は最初から教養をムダだと決めつけてしまっているのです。
6. 今更教養をつけたくないと思っている
教養がない人はいろんな年代に一定数いると思われますが、「30代にもなって一生懸命教養をつけたくない」「40代にもなって・・」「50代にもなって・・・」と思ってしまって教養をつけるチャンスを失ってしまうのです。
本来「学び」というものはいくつになっても終わらないものなのですが、どうしてもそれが億劫になってしまうのです。
7. 教養以外の分野で勝負したいと思っている
教養がない人は自分は教養で勝負したくないと思っています。
それ以外のコミュニケーション力、積極性、ガッツなど他のところで勝負したいと感じるのです。
もちろん、それらの要素も大切ですが、本来それプラス教養もあるとなお良いことです。
しかし教養がない人はそのように考えず、教養なんかつけたくないと考えるのです。
8. 教養がある人をダサいと思っている
教養がない人は、教養がある人をダサいと思っているのです。
イメージ的には中学や高校で休憩時間におしゃべりしたりスポーツしたりしている中ひたすら勉強をしているガリ勉のように捉えているのです。
そのため自分がそういうダサい存在になりたくないと思い、教養をつけたくないという思考に至ってしまうのです。
9. あまり幼少期に幼児教育されてこなかった
やはり幼少期の環境というものは学習や知識向上のために重要なものです。
幼少期に両親が忙しかったりしてあまり幼児教育に力を入れられなかったり、読書の習慣が身につけられなかった人は、後々あまり教養がつけにくい傾向にあります。
また、教養を身に着ける必要を感じにくくなってしまうのです。
10. 周りにいる知人もあまり教養がない
どうしても、人は周りの人間に影響を受けてしまいます。
英語のことわざでも「a man is known by the company he keeps.」(人は、その友達によって人となりがわかる)というものがあります。
どういう友達と付き合っているかを見れば、その人がどういう人かだいたいわかるということです。
周りに教養がない人ばかりだとどうしても、その人本人もあまり教養がない人間になってしまうのです。
実際に、教養を身につけても友達の中でそれを披露すると「なんだ、こいつは」「そんなことを知っていてなにか意味があるのか」という否定的なリアクションを受けてしまうので、やはり教養を身につけない方向に行ってしまうのです。
11. ネット情報など浅い知識で満足してしまう
昔は情報を得る媒体が新聞、テレビ、雑誌などでした。
そのため情報を得るときはそれなりに長い文章を読む機会がありました。
しかし最近は情報化社会なのでインターネットなどで短い文面で情報がやりとりされています。
そのためどうしても教養がない人はネット情報などの短く、浅い情報だけを見てすべて把握したように錯覚してしまうのです。
そうすると、教養を深めることができません。
12. 複雑なことが嫌い
教養を深めていくと、複雑な情報を把握しないといけないときがあります。
歴史などで事実がはっきりせず説がわかれている場合や、法律の分野でも判例が途中で変更されたり、といった場面です。
教養がない人はそうした複雑なことを把握するのが嫌になってしまいます。
もっと単純明快なものを求めてしまうのです。
そのため教養が身につかないのです。
13. 知識や教養より自分の直感を信じている
教養がない人は、余計な知識などなくとも、自分の直感に従って動けば仕事も遂行できますし、そちらのほうがスムーズだと思っているのです。
むしろ頭でっかちで教養が身についていると現場で動けず失敗してしまうと考えています。
そのため知識や教養を身に着けたいと思わないのです。
まとめ
やはり教養のない人には共通点というか共通の特徴があるといえます。
教養は一朝一夕に身につくものではないので、少しでも教養を身に着けたいと思ったら身近な疑問点を調べるところからはじめたいです。